劇団上演史  1965-1953年

年 度 作  品 作  者 演  出 付   記 
1965 さっぱ夜話  竹内勇太郎  坂口せつ子  第十一回浜松市芸術祭・第一期生卒業公演11月21日 浜松市民会館ホール
第一期生募集〜8月末まで、庄内巡演公演8/15で募集ビラ入れる
『カンカラ広場に集まれ』 山崎 欣太  西村たかゆき 庄内町 庄内巡演公演8/15 第一期生募集ビラ入れる
カンカラ広場に集まれ 山崎 欣太  西村たかゆき 入野町 移動公演 
詩劇・不知火  上野 信幸  西村たかゆき 三方原農民組合の集会 
遠州のとらやん 片岡しろう 坂口  論
詩劇・不知火 上野 信幸 坂口  論 ベトナム人民支援文化の夕べ
『カンカラ広場に集まれ』 山崎 欣太  西村たかゆき 第二回本公演(5月8日18:30 9日(日)18:30)児童会館 
1964 神無月 大橋 喜一 富永フミ子 第一回本公演
1963 劇団解散から劇団再建8/10
結婚の申込 チェーホフ 酢山 義則 未上演
和尚さんと小僧さん 木下 順二  酢山 義則  こどものつどい 
1962 村の保守党 伊藤 貞助 酢山 義則 県農漁村文化導入運動(舞阪)
村の保守党 伊藤 貞助 酢山 義則 第八回浜松市芸術祭(主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟)
 11月01日 浜松市民会館ホール
1961 和尚さんと小僧さん 木下 順二  酢山 義則  子供会 
泥棒仙人 中国民話 棚橋 信昭 こどものつどい
制服 安部 公房 岩井 瑞穂 第七回浜松市芸術祭(主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟)
 11月26日 浜松市民会館ホール
1960 ボロの歌 北  彰介 石川ひさし 磐田公演
『襤褸の歌』 北  彰介 石川ひさし 第六回浜松市芸術祭 11月26-27日 浜松市公会堂
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
世界の子ども 岩井 瑞穂 岩井 瑞穂 こどものつどい
1959 杜子春 芥川龍之介 兼子 子供会
杜子春 芥川龍之介 兼子 こどものつどい
制服 安部 公房 山川 喬子 第五回浜松市芸術祭 12月21-22日 浜松市公会堂
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
人切り以蔵 青山 青果 棚橋 信昭 浜北町勤労者協議会(03/21北浜中学校講堂)
人切り以蔵 青山 青果 棚橋 信昭 県農漁村文化導入運動(03/22(日) 13:00 神久呂中学校講堂)
 本田技研演劇部「川上観音」一幕
人切り以蔵 青山 青果 棚橋 信昭 11月16日県農漁村文化導入運動(中野町)
   中野町公民館創立5周年記念行事
人切り以蔵 青山 青果 棚橋 信昭 県農漁村文化導入運動(積志)
1958 『人切り以蔵』 青山 青果 棚橋 信昭 第四回浜松市芸術祭 12月6-7日 浜松市公会堂
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
三年寝太郎 木下 順二 酢山  隆 結婚式
三年寝太郎 木下 順二 酢山  隆 子供会
めでたい座敷 久保栄二郎 佐倉 忠夫 県農漁村文化導入運動(都田一月十五日13:00〜 都田公民館)
村の保守党 伊藤 貞助 吉田 勝海
1957 『めでたい座敷』 久保栄二郎 田中 敏夫 第三回浜松市芸術祭 11月24日 誠心高校ホール
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
1956 『帰郷』 津留 達二 吉田 勝海 第二回浜松市芸術祭 12月02日 誠心高校ホール
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
村の保守党 伊藤 貞助 吉田 勝海 県農漁村文化導入運動(都田)
1955
『村の保守党』 伊藤 貞助 吉田 勝海 第一回浜松市芸術祭 浜松市公会堂 12/04
  (主催:松市教育委員会と浜松社会人演劇連盟と浜松市連合青年協議会)
<<劇団からっかぜ命名>>1955年7月6日(水) 玄忠寺(第一通り) 劇団員連名 33人 会費100円/月
1954 『龍のおとしご』 真船  豊 村越 一彦 第一回浜松芸術祭(浜松ユネスコ協会主催) 浜松市公会堂 11/27 
浜松演劇愛好会のメンバーにより上演。劇団誕生の契機となる
1953-1954 1953年12月6日浜松演劇愛好会結成される。
河合茂や菅沼五十一らを中心に「演劇愛好会」が9月に誕生する
ぶどうの会
『夕鶴』
木下順二 岡倉士朗 第3回観賞会浜松市公会堂 主催:浜松演劇愛好会
劇団民藝1954年
『神は知っていた』
アルマン・サラクルー
訳=鈴木力衛
岡倉士朗 第2回観賞会浜松市公会堂 主催:浜松演劇愛好会
劇団民藝1953年
『民衆の敵』
ヘンリック・イプセン
訳・編=菅原卓
岡倉士朗 第1回観賞会浜松市公会堂 主催:浜松演劇愛好会