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「からつかぜ」の意気込みにここでもう一度拍手を送ります。
劇団からっかぜ『闇に咲く花』

2004/11/20(土)  福祉交流センター






■50周年記念公演「闇に咲く花」を観て(鈴木マサヒロ様)
劇団「からっかぜ」はすごい、今年50才。
人間ならこの年頃は身体のあっちっこちにガタきて、シラガ、肩こり腰痛五十肩、食欲性欲記憶力の減退に老後の心配、なんだか淋しくなっちゃうが、ここはちょっと様子が違う。まだまだ元気いっぱいのようで、ちょっと覗いてみました。
幕が上がるとギターのつま弾き(加藤正裕)。今日の舞台は東京、神田明神と靖国神社に挟まれた愛嬌稲荷という小さな神社の境内である。時は戦後の食糧難、経済統制、即ち「闇の経済」の真っ直中。神主の牛木公麿(森浩司)はお面工場で働く戦争未亡人五人組(中村真紀子等)の闇買いチームを率いて、糊口を凌いでいた。まずお腹にたんまり闇米を抱えた妊婦姿で登場した女優陣が可笑しい。この時代をひたむきに生きた女はああだったのかと。で「からっかぜ」のエネルギーの素かとも。ついでだが神主の森がちょっと大村昆にダブっちゃって、妙に笑えた。
さて、おみくじの大吉連続大当たりのある日、神主の一人息子健太郎(鈴木隆雄)がひょっこり帰ってきた。彼は将来を嘱望されたプロ野球のピッチャー。これで一同大喜び、物語は一気に明るい方へ向かうのかと思いきや、健太郎の引いたおみくじは凶。にわかに芝居に複雑さが加わってくる。この地区担当の鈴木巡査(筧誠)の家族さえ闇のお陰で生きている。貧すれば鈍する。望まれずに生まれおち、神社に捨てられた「あいのこ」赤ちゃん。健太郎にかけられた理不尽なC級戦犯容疑、GHQの影。突如健太郎は「全生涯にわたる全記憶喪失症」に陥ってしまう。健太郎を看る親友の稲垣善次(幸田貢)はその細身のさわやかな演技で若い医者らしく、鈴木隆雄のスポーツマンらしいがっしりした体躯に訥々とした言い回しの健太郎との対比がよい。後半、健太郎が去り、次第に厳しくなる経済警察の監視の下、筧演じる鈴木巡査が、ついつい洩し、ついつい乗ってゆく、お上の裏を画く腐れ鰯計画の下りは、ほどよくそれぞれのキャラが生かされており楽しめた。だが、計画は大失敗。逆に多額の罰金刑を背負って、愛嬌稲荷神社は存続の危機に陥ってしまう。戦前も暗かったが戦後も闇、しかし庶民はしたたかである。終幕こざっぱりとした衣裳、神社のセットもリニューウアルされて明るいのである。逆転ホームランがあったのである。そんなワハワハ笑って観ている内に、神田明神と靖国神社から威嚇するかのようにニセ「平和の太鼓」が轟いてきた。皆の背筋に冷たいものが・・しかしそれに拮抗するかのごとく加藤が躍り出てギターをかき鳴らす、二つの音が鳴り響きながら幕。
私は客席から拍手を送りながら、なかなか席を立てずにいた。
「加藤さんのギターは果たして太鼓をうち負かしたのだろうか?」と。
「闇に咲く花」は井上ひさしの昭和庶民伝三部作(第15回テアトロ演劇賞)のひとつです。
この戯曲は『難しいことをやさしく、やさしいことを面白く、面白いことを深く』書くことのお手本です。それだけに俳優にとっては難しいものでしょう。
「からっかぜ」の意気込みにここでもう一度拍手を送ります。


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