劇評
「てのひらの花」PAF(Performing Arts Forum Hamamatsu)
2005/10/16(日)  浜松勤労会館Uホール
鈴木
 子供ってすごい!子供が主体の舞台を見るといつもそう思います。舞台の上で与えられた役割を生き生きと演じた皆さんに感心しました。舞台は二段になった横長の台一つ。白い服の少女たちのダンスと、シルエットのように移動する登場人物。ちょうど映画のタイトルバックにも似たオープニングから始まります。

 物語は、湖のほとりにある小さな村の出来事。村の子供達は元気いっぱい。その村に都会から転校生がやって来て、子供達は仲良くなります。やがて、都会の子供達が自然の美しさに気付いた時、彼らも村の子供のように森の仲間と話をすることが出来るようになりました。

 一方大人達は暮らしの便利さを求め、森を開発する計画が進められていきます。森の仲間からこの知らせを聞いた子供達は、大人達に森を守ってと訴えますが、森は開発されてしまいます。言い訳する大人達と責める子供達。
 そんな最中、喘息だったセイヤ君に発作が起きてしまいます。空はあやしく光り嵐の気配が……。森の仲間が叫びます「ここは危険です。逃げて!逃げて!」逃げる子供達、担架で運ばれるセイヤ君。そして……。

 環境問題を取り上げたテーマ。自然保護と便利な生活環境の維持。純粋な子供と本音と建前を使い分ける大人等、身近な題材をモチーフに、短い会話の掛け合いで次々と展開されるスタイルは、歯切れが良くテンポ良い。そしてクライマックスに向かって漂っていく不安感、危機感が感じられる舞台。セットなど無くても森の中や嵐の場面を想像させてくれる舞台でした。

 さすがに300人の応募の中から選ばれた出演者達。どの子ものびのびとした演技でした。なかでもセイヤ君のお母さん(二部)のリアルさは迫力満点でした。 (チラシの一部、二部は出演者が違うの意であった。観客には当日のチラシも楽しみの1つです。)

 しかし、「てのひらの花」はクライマックスの最中、「続きは来年12月の公演で…。」のナレーションで終幕となるのです。舞台で演じられていたのは「てのひらの花」の前半部分、あるいは単なる予告編だったのです!To be continue スタイルも悪いとは思いませんが、フェスティバルの開幕に上演される作品と期待して出掛けた私にとっては大変なショックでした。たとえ予告編であったとしても、観客を落胆させない方法はあったと思います。小さなエピソード、喜怒哀楽の一つでもあったならば…。

 良いテーマ、役者、チームワークこれだけ揃っていただけに、少々残念な思いもしましたが、反面、次回の上演に続く期待も大きくなっております。「てのひら」は何?「花」って何のこと?「湖」には何が起こるの?答えは来年!!
「訴」(御手打覚悟)〜追記(劇評外のコメントとして)〜
 皆様は何を求めて劇場に行くのでしょう。好きな劇団や俳優、話題になっている作品、有名な演出家による舞台etc.また芝居のタイトルは時に謎解きの楽しさも与えてくれます。私はその上サプライズを求めます。さらにお土産(感動・余韻)付でという欲張りです。

 このスタイルの舞台は初体験でした。ショックが大きくてそれまで見ていた舞台がわからなくなってしまいました。続きがフェスティバルの最後に上演されるのであればまだしも、翌年の年末ならば、その旨は明記して欲しかったと思いました。

 子供たちが主体の作品は大好きです。どんな舞台でも一生懸命さが素直に伝わってきます。それだけに残念な思いはひとしおでした。

 生意気なことを少し言わせていただきますが。せめて小さくてもいいから盛り上がりがほしかった。(例えば転校生達が森の仲間と出会うシーンなどは少し感動的でも…)

 手のひらが浜名湖をイメージしているのなら、もう少し地域性を出しても良かったのではないかと思いました。(又、設定を変えれば他の地域で使える作品になる)

森の仲間は(会話を良く聞いていないと、動物の姿なのか、子供の姿なのかわからない。)キツネ=ニホンキツネ絶滅寸前! トンボ=オニヤンマ、絶滅危惧種! カエル=アマガエル、生活の場が失われつつある。 小鳥=種類を決めて(仮に サンコウチョウ=「ツキヒホシ、ホイホイホイ」と鳴く等、物語の重要なキャラクターであると思われるので、もっと具体的に表現したら小さい子供にも理解しやすい気がします。

 何回かダンスが挿入されています。時間の経過表現と私は解釈させていただきましたが、理解できなかったのは、「今夜はおまつりです。楽しいですよ、皆さんも…」の後ダンスです。衣装、曲、振り付け全て、この物語の村のイメージとはかけ離れた異質の物に思えて仕方ありませんでした。

 南に太平洋、北に山脈そして豊かな水量を誇る天竜川、眺めの美しい浜名湖。自然に恵まれた地に住んでいることをいつも感じております。そして大切に思っています。演劇や音楽会がいつでも身近にある街。浜松がそんな素敵な街でありますように。

2005/10/20 遠州濱松村 水呑百姓より
加藤
 劇団P.A.F(Performing Arts Forumの略で通称パフ)の「てのひらの花」は、はままつ演劇・人形劇フェスティバル2005の幕開けの作品として10月16日に勤労会館Uホールで上演された。
 P.A.Fは今年結成されたばかりの劇団で「てのひらの花」(脚本・演出 松尾交子)は小学生から高校生までの子供たちによって演じられる「若い作品」である。

 ひな段が2段だけのシンプルなセットの中、音楽や照明と共に様々なシーンが展開されていく。出演者は子役だけでなく教師、主婦、会社の部長や課長、労働者なども演じる。また『森の仲間』とよばれるキツネ、カエル、小鳥、サカナ、トンボが妖精のような形で登場する。総じて子供たちの演技は自然体でのびのびしており劇全体を盛り上げている。

 物語は、豊かな自然に恵まれた湖のほとりにある村を舞台にくり広げられる。過疎に悩むこの村に工場が建ち町から人々が引っ越してくる。町から来た人々は自然の恵みを受けつつも村の生活の不便さも体験する。やがて、町の便利さを求める人々の声に応えるためショッピングセンターや住宅街の建設の計画が立てられる。それを知った子供たちは自然を守るよう大人たちに訴えていくのだが、大人たちは自然を残しつつも開発を始めてしまう。
 そして、舞台はクライマックスを迎える。シーンは森の木々が無残に切り倒された空き地。そこで、町から
来た少年が喘息の発作を再発、重なるように突然の嵐、逃げる子供たち。舞台の上に緊張が走る。はたして結末は・・・。

 実は、物語はこのクライマックスの最中、突然終わってしまう。公演が終了するのだ。結末は観客が個々に想像するしかない。私もこれまで子供たちだけで演じられる劇やミュージカルを幾度も観てきたが「続き」の形で幕が下りる劇を見たのは初めてである。

 終幕後、私は今公演は「てのひらの花の前編」だと判断するに至ったが、用意されたチラシやパンフレットのどこにも二部構成の作品とは明記されておらず、多くの観客は少なからず戸惑いを覚えたのではないだろうか。(開演時に配られたパンフレットの表紙には第一部、第二部と印刷されていたがキャストの入れ替えがあっただけで同じ内容の公演であった。)しかし、この作品をここであらためて「前編」と捉えれば後編への期待もふくらむ。

 「てのひらの花」は自然が失われつつある村を通して「自然との共存のバランス」という大きな課題を基に作られている。さらには、その問題を大人と子供、地元の人々と町から来た人々など、それぞれの立場からどう捉えていくのかも提起している。

 物語はこの先どんな展開を見せ、これらの課題にどんな答えが用意されているのだろうか。浜名湖を連想させるてのひらの形の湖や「森の仲間」の運命は・・・。次回の公演(後編)が楽しみである。なお、次回は2006年のクリスマスに上演される。